気晴らし書き散らし。
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09/24
2006 Sun
石田徹也
新しい画家と出会いました。

ishida

惹きつけられていく時間の猶予も一切与えられず、
シュミ嗜好も評価も判断も瞬殺されて、
気づいたら、彼も絵もその世界も全許容してしまっている。
そんな無防備な受容は、フェルメールの絵と初めて出会った時以来だわ。

先週の「新日曜美術館」で、石田徹也氏の絵が広く紹介されてから、
もの凄い勢いで 画集 は売れているというし、増刷も決まったとか。
特集の終わりでもクリスティーズ(老舗オークションハウス)のバイヤーが、
作品を買い付けに来ている場面が流れていましたね。

日本国内でも近い内に回顧展があるだろうし、
(作品が散在される前にまとめて観られる最後のチャンスか?)
海外に散在されれば、広く世界の人に観てもらえる機会も生まれるでしょう。

心から素直に嬉しいと思う。本当に良かった。おめでとう。

と同時に、哀しきかな。
いま国内で大きなうねりを起こしつつあるイシダ現象と、海外雄飛の瞬間を、
石田徹也本人は、永遠に知り得ないのだ。

昨年の5月、亡くなった時に持っていた財布には、
ドル紙幣が入っていたそうだ。海外留学の夢を叶えるお守りとして。

彼がカンバスに我が身を切り刻んで抽出させた「ヒト存在の悲哀」を、
画面から読み取れる人は実は現代日本にはたくさんいることを、
彼に伝えてあげたくても、それも叶わない。

アーティストの死というのは、その人の死という現実と共に、
以後もう二度と彼らの新しい作品を受け取る事が出来ないという事実もまた、
残された者は受け容れなくてはならない。

「こんなに‘生き難さ’を剥き出しにしてしまって、
 見つめ続けてしまったら、生きられなくなってしまうよ?」

石田氏がほとんど自画像として作品に塗り込めた、
「生き苦しさ」を解する人ならば、
彼の才能を疑うことは一切無くても、この画家の行く末を、
少なからず心配してしまうのではないかしら。

美大学卒業後は、労働系バイトを転々としながら創作を続けたそうな。
大量に買い置きしておいた100円のインスタント食品が日々の食事で、
残金すべて絵の具代につぎ込む。これじゃあ病気にもなるでしょう…(-_-;)
人付き合いが得意ではなくて、寝食以外は絵を描いていたというのも、
絵の中の膨大な情報量を見れば納得です。

良き理解者が常に傍にいて精神経済両面で彼を支えてあげていたら?
もっと早く国内や海外で注目されて世に認められていたら?
こんなに生き急ぐことなく、豊かに創作出来ていただろうか?

否。

彼の31年間の人生は、
彼が彼だけの魂の表現行為をするために(させるために?)、
必要な道程を選んで(選ばれて?)描いていたとしか言い様が無い。
若く死して「絵を遺す」ための人生だったとは思いたく無いが。

たとえば世間に受け容れられた後の「次」なるステージで、
石田徹也の目に映ったもの、描かずにはいられなかったもの。
私も、それを、観てみたかった。

いや、まずは彼が現世に残してくれた、彼が命を賭して描き遺した作品群を、
しっかり生で観なくては。 それが今生での有縁でしょうから。
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